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篠田桃紅の抽象画が語るもの?墨と筆で描く、無限の広がりとは!?

篠田桃紅の抽象画が語るもの?墨と筆で描く、無限の広がりとは!?
📘 この記事で分かる事!

💡 篠田桃紅は、墨と筆を用いた独自の抽象表現で知られる日本の美術家です。

💡 彼女の作品は、自然や時代の変化の中に漂う繊細で優美な「墨いろ」の線によって、無限の広がりを感じさせます。

💡 篠田桃紅の作品は、国内外で高い評価を得ており、多くの美術館に収蔵されています。

それでは、最初の章に入っていきましょう。

篠田桃紅の生涯と芸術

篠田桃紅の生涯と芸術について、詳しくご紹介していきます。

🔖 関連記事の要約!106歳を生きる 篠田桃紅 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち
106歳を生きる 篠田桃紅 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち

✅ 本展では、106歳を迎えた美術家・篠田桃紅の、初期作品から現在までの約70点の作品と資料を通して、墨と筆による独自の抽象表現の変遷をたどることができます。

✅ 初期には日本の古典文学と書法を学び、文字を解体して墨による抽象画を描き始め、ニューヨークでの挑戦を経て、独自の抽象表現を確立しました。

✅ 桃紅は、「とどめ得ぬもの」を表現することに寄り添い、自然や時代の変化の中に漂う繊細で優美な「墨いろ」の線によって、無限の広がりを感じさせる作品を生み出しています。

さらに読む ⇒美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ(ART AgendA)美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ(ART AgendA)出典/画像元: https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/3553

墨と筆による抽象表現は、まさに芸術の深淵を感じますね。

篠田桃紅は1913年に中国の大連で生まれ、5歳から独学で書を学びました。第二次世界大戦後は墨による抽象作品を描き始め、1956年には渡米し、ニューヨークを中心に活動しました。1958年に帰国後、壁画やレリーフ、増上寺大本堂の襖絵など、大作を制作し、リトグラフや装丁、随筆など、幅広い分野で活躍しました。1979年には南青山にアトリエを構え、2005年には「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれるなど、晩年まで精力的に活動を続けました。

篠田桃紅の抽象画は、見ていると心が落ち着きますね。

ホンマに、墨と筆でこんなにも表現できるんやなぁ。

篠田桃紅さんの作品は、とても繊細で優美ですね。

松木志遊宇と篠田桃紅の出会い

では、次の章では、篠田桃紅と松木志遊宇さんの出会いについてお話します。

🔖 関連記事の要約!書でもなく絵でもない。107歳まで生きた美術家・篠田桃紅さんを生き方の師に。100点を超えるコレクションを集めた〈篠田桃紅作品館〉を開館 「心に育てたものを表現するのが芸術です」篠田桃紅さんが遺した作品と言葉<前編>

公開日:2024/04/28

書でもなく絵でもない。107歳まで生きた美術家・篠田桃紅さんを生き方の師に。100点を超えるコレクションを集めた〈篠田桃紅作品館〉を開館  「心に育てたものを表現するのが芸術です」篠田桃紅さんが遺した作品と言葉<前編>

✅ 松木志遊宇さんは、15歳の頃に篠田桃紅さんの作品と出会い、その独自の表現に感銘を受けました。

✅ その後、篠田桃紅作品展で作品を直接見て、書でも絵でもない、その世界に魅了されました。

✅ 松木さんは、篠田桃紅さんの作品を数十年かけて収集し、自宅に併設された作品館で公開しています。

さらに読む ⇒婦人公論.jp|芸能、事件、体験告白……知りたいニュースがここに!婦人公論.jp|芸能、事件、体験告白……知りたいニュースがここに!出典/画像元: https://fujinkoron.jp/articles/-/11926?display=full

松木志遊宇さんは、篠田桃紅さんの作品の魅力を深く理解しているんですね。

松木志遊宇さんは、高校教諭時代に篠田桃紅さんと出会い、交流を深め、2005年に篠田桃紅作品館をオープンしました。松木さんは、篠田さんの作品を通して、芸術が人間にとって最も重要な教科であり、心を癒し、育て、戦いを避け、新しい表現の世界を生み出す力を持っていることを伝えています。篠田さんは、弟子を取らず、芸術は心の中で作り出すものであり、心の中を伝授することはできないと考えていました。松木さんは、篠田さんの作品が、見る人の心情の動きや光の変化によって変化することから、新潟の人々が四季を感じ取っているように、都会の人以上に感じることができると考えています。

篠田桃紅の作品が、松木志遊宇さんの人生に大きな影響を与えていることが分かります。

篠田桃紅の作品館、行ってみたいわ!

松木志遊宇さんの篠田桃紅に対する愛情が伝わってきます。

松木志遊宇が篠田桃紅に魅了された理由

では、次の章では、松木志遊宇さんが篠田桃紅に魅了された理由について探ってみましょう。

🔖 関連記事の要約!ひと)松木志遊宇さん 新潟市で「篠田桃紅作品館」を営む元高校教諭:朝日新聞デジタル

公開日:2024/01/15

ひと)松木志遊宇さん 新潟市で「篠田桃紅作品館」を営む元高校教諭:朝日新聞デジタル

✅ 新潟市で「篠田桃紅作品館」を営む元高校教諭、松木志遊宇さんは、15歳の時に婦人雑誌で篠田桃紅の白黒写真をみて抽象画家に憧れるようになった。

✅ 42歳の時、松木さんは高校教員として篠田桃紅を教員研究会の講師に招こうとしたが、篠田桃紅は「壇上から話すなど自分の生き方に反する」と断った。

✅ しかし、篠田桃紅は松木さんの熱意に心を動かされ、後日、松木さんの自宅を訪れ、抽象画について語り合ったという。

さらに読む ⇒朝日新聞デジタル:朝日新聞社のニュースサイト朝日新聞デジタル:朝日新聞社のニュースサイト出典/画像元: https://www.asahi.com/articles/DA3S15838048.html

松木志遊宇さんは、篠田桃紅さんの生き様に共感したんですね。

松木志遊宇さんは、15歳の頃に雑誌で篠田桃紅さんの姿を見て衝撃を受け、その生き方に魅了されました。書道家として活動しながらも、絵画への強い憧れを抱いていた松木さんは、篠田さんの書から絵への転向に共感し、その後、篠田さんの作品展でその魅力にさらに惹きつけられました。篠田さんの作品は、書でも絵でもない独自の表現で、和の画材を用いながらも、世界に通じる新しい抽象表現を切り拓いていました。松木さんは、篠田さんの芸術と生き方に深く共感し、40年以上にわたる交流を通じて、篠田さんの作品を100点以上収集しました。松木さんは、自宅に併設された作品館で、篠田さんの作品を公開しており、篠田さんの芸術と生き方を多くの人に伝え続けています。

篠田桃紅と松木志遊宇さんの出会いは、まさに運命的なものだったのでしょう。

篠田桃紅さんの作品は、ホンマに人を惹きつける魅力がありますなぁ。

篠田桃紅さんの生き様、かっこいいです!

篠田桃紅の芸術に触れる、桃紅館

では、最後の章では、篠田桃紅の芸術に触れることができる「桃紅館」についてご紹介します。

🔖 関連記事の要約!美術家・篠田さんのアトリエ移設 3月28日、関・岐阜現代美術館に「桃紅館」開館:中日新聞Web
美術家・篠田さんのアトリエ移設 3月28日、関・岐阜現代美術館に「桃紅館」開館:中日新聞Web

✅ このSVGコードは、複雑なロゴのデザインを記述しています。

✅ ロゴは、複数のパスとグループで構成されており、幾何学的な形状と曲線から成り立っています。

✅ 細部の形状や位置は、コード内の「d」属性と座標値で定義されています。

さらに読む ⇒中日新聞Web中日新聞Web出典/画像元: https://www.chunichi.co.jp/article/856125

美術館のデザインも、篠田桃紅さんの作品を思わせるものなんですね。

2024年3月28日に開館した「桃紅館」は、世界に誇る篠田桃紅コレクションを展示しています。美術館の外観は、篠田桃紅の作品「桃紅大地」をベースに、墨と銀をイメージしたデザインになっています。墨は黒色の天然石外装材、銀はステンレスパネルを使用し、抽象的でモダンな印象です。また、箱を重ねたような外観は、篠田桃紅の作品を思わせるデザインとなっています。美術館では、年3~4回の企画展示とともに、篠田桃紅のアトリエも再現されており、作品だけでなく、篠田桃紅の人生や創作の過程を感じることができます。

「桃紅館」は、篠田桃紅の作品をより深く理解できる素晴らしい施設ですね。

桃紅館、行ってみたいわ!

篠田桃紅さんのアトリエも再現されているんですね!

篠田桃紅の芸術は、多くの人々に感動を与え、これからも語り継がれていくでしょう。

🚩 結論!

💡 篠田桃紅は、墨と筆による独自の抽象表現で、自然や時代の変化の中に漂う繊細で優美な「墨いろ」の線によって、無限の広がりを感じさせる作品を生み出しています。

💡 松木志遊宇さんは、篠田桃紅の作品に魅了され、その魅力を多くの人に伝え続けています。

💡 篠田桃紅の作品に触れることができる「桃紅館」は、2024年3月28日に開館しました。